March 09, 2010

2010年1月 大阪・神戸・東京

「人はなぜ、写真を撮るのだろう。」

出張先で予定より少し早くついた大阪のとある街角を
時間つぶしにカバンのなかにいれてあった、仕事のメモ用の
デジタルカメラで、気まぐれにモノクロモードで撮りながら
ふと、そう思ってしまった。

昔は、あんなに好きだったスナップ写真もほとんど今は撮らない。
デジタル時代になったからというよりも、
社会がスナップ写真を容認しない時代になったことのほうが
大きい気もする。
マスメディアの嘘だらけの映像に嫌悪感を感じて、
同類に見られるのも、嫌だし・・・・。

だけど、この街をぱちりぱちりと撮っている時は、
なにか、中学生の頃、首からフジカ35Mを首から
下げて撮っていたときのような気持ちにすこしだけ
もどれた気がする。

写真は撮っていないと正直なもので、どんどん下手になる。
だけど、下手になれて、なんだか今は嬉しい気もする。

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カラーの一枚のみが、わたしにとって真実で
モノクロは、西も東もただの幻想・虚像なのかもしれない。

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October 31, 2009

浜川崎

20091031f_2

8月から更新が途絶えてしまい、
すみませんでした。

昨日は、仕事の打ち合わせで浜川崎に
いってきました。30年ぶりに乗る鶴見線。
電車の車両は変わってしまっていましたが、
工場街の裏を駆け抜ける独特の風景は、
昭和の香りが残っているみたいで
なんとなく、哀愁がありました。

予定時刻より15分位早くついたので、駅前の
光景をLC20を取り出して、ちょぴりパチパチ。
あぁ、もう秋なのだなぁ・・・。

5枚しか取らなかったけど、なぜか
黄色ばかりが写っていました。

空に道路が走っている街。
黄色が溢れている街。

そんな印象が残った駅前なのでした。

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August 23, 2009

8月15日

今年一番の暑い夏の一日でした。
rakkoのへたなデジ絵と感想を記録しておきます。

第1章 靖国参り
九段の駅を降りたときから凄い人ごみでした。
大鳥居での待ち合わせまでの時間、さまざまな
人間模様を観察できました。
これも日本なのですね。
パフォーマンスの数々、ほんとにこれでいいのかな。
本当の戦争経験者のひっそりとした方達の背中の
ほうが真実を語っていたような・・・。
小さな子供に親の思想を強要する人々を見て、本日は、
ここでの人間を撮るのは、やめようと思ったのでした。
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玉音放送が流れた日にも、せみ達はこのあたりで
穴から這い出てきたのかしら・・・。

第2章 四谷散策
靖国とは、違った2009年の日常の休日の世界が静かに流れておりました。
はたして、この平穏な時間は、いつまでつづくのでしょう・・・。
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   P10    P9_2

第3章 中野 新井薬師
子供の頃、夏休みといえば、遊び疲れるとよく近所の神社の
境内で昼寝をしたものでした。
遊びにきているらしい子供用の自転車をみて、ふと遠い昔を
思い出してしまいました。
8月15日は、靖国のためである必要はないと思う。
大事なのは、真実を振り返る勇気と平和への意志。
これは、365日いつでも忘れてはならない・・・。
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第4章  この日の仲間
一番最後の写真のrakkoを除くと実は、凄い方々なのだ。
この日、皆さんと過ごさせていただいて、
とても楽しい一日となりました。
ほんとうにありがとうございました。
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  P19    P20_2  P21

(powed by fx-35 & C-40Z)

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July 28, 2009

D-1

20090729a

先週、ほんとうにひさしぶりにカメラを
買ってしまった。

カメラというよりか、遠い記憶を買った
というほうが正しいのかもしれない。

小学生の頃、友人がこんなボルタ判の
カメラをハイキングのときに持ってきて
みんなを写してくれたっけ・・・。
出来上がった写真は、お世辞にも綺麗と
いえないボケボケの写真だったけど、
それはそれで、いいなと思った。

当時のrakkoのカメラは、フジカ35MのF2.8。
カメラとしては、比べようもなく、フジカの
ほうがマトモなのは、分かってはいたけど、
今は亡き親父にボルタ判のちいさなカメラが
欲しいというと、あっけなく笑い飛ばされて
却下されてしまった思い出があったのだ。

縁あって、手元にきたD-1は、単玉。
きっと、あの友達のカメラのような絵を
写しだしてくれるのだろうなぁと
わけもなく、シャッターをカチャカチャして
いるだけで、なんとも気分は子供時代に
戻れて楽しくなってしまうのでした。

グリーンのファインダがなにか当時の
ペトリみたいでかわいいです。

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July 26, 2009

GIUGIARO

20090726a  20090726b

昨日、たのんでおいた車が納車された。
デザイン担当は、GIUGIARO。
ただ、ただ、美しいの一言につきる車である。

まだ、ならし運転での100Kmほどしか走って
いないが、それでも、ひさしぶりに運転することの
楽しさを伝えてくれる車でもある。

日本では、車が売れない。
若者の車ばなれも問題という。
だけど、それは自分の老後の心配を捨ててでも
乗ってみたいと思える車が日本車に無いだけでないだろうか。

日本の大手主導のハイブリッド戦略をみていると、携帯電話と
おなじガラパゴス化の道を歩むような気がしてならない。
ボディラインのプレスを見るだけで、コストダウンが目的をいう
ことが、安易に伝わってくるような自動車には乗りたくない。
本質を見失った形だけの環境をうたう自動車にも乗りたくない。
なにより、運転していて楽しくない自動車には乗りたくない。

次の乗り換えのときには、日本では、内燃機関の奏でる
サウンドに酔いしれる車は、もう買うことができないだろう。
その思いが、今回の車選びの原点なのでした。

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July 15, 2009

ミラノ

20090714

ミラノ、それは今はなきコロールの故郷。
でも、そんなことを知っているのは、
極、極、ほんの一部の本当のカメラ好きだけの話・・・。

ミラノ、それは、車好きにとっても、
忘れられない地名でもある。
ミラノ市とヴィスコンティ家の紋章を持つ車。

そうだ、納車の日には、久しぶりに元祖コロールに
モノクロのブロニーを詰めて持ってゆこうかな。

もしかすると半世紀前のジュリエッタの納車も
我が家のこのコロールは、記録していたのかも
しれないなんて、考えるのも楽しいものです。

今日の一枚、ファインピクス1500は、
不思議なデジカメです。
なんで通りすがりの女性の右足だけ、ピントも
あっているし、ブレていないのでしょうね(笑)。

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July 13, 2009

非環境宣言!

20090711

先週末、東京タワーのそばのビルで
打ち合わせ会議があった。
会議が終わってビルからでると、入る時は
雨が降りそうだったのが、うそのような
青空が広がっていた。

東京タワー。デジタルTV時代になると
TVの発信からは、お役ごめんになるけれど
なんだか、もったいないなぁ。

地方から東京圏にきたrakkoにとっては、
東京タワーは、やっぱり東京のシンボルの
気がする。撮るときにデジカメの液晶を
のぞいていたら、気のせいか、モスラの
さなぎが張り付いている気がして、思わず
笑ってしまった。
新しくできるタワーにも怪獣は宿るのだろうか?

デジタルTVといえば、ほんとに普及するのだろうか?
rakkoの家には、まだない。近所の家にもほとんどない。
理由は、簡単。
別に今のままで、なんら不自由はないからである。

無理やり消費活動を拡大するために政府と一部メーカの
ためだけの政策なんだろうなとおもう。
今はやりの脅迫的な環境保護運動も問題なんだろうな。

環境保護といえば、家の車を入れ替えることになった。
理由は、来月車検なのに、3台に渡ってお世話に
なっていたお店が本国の都合で閉鎖されてしまったからである。
アメ車だけど、世間がいうほど故障もなく、実用性や燃費も
国産とくらべても遜色なかった。安全性に関してみると
国産の嘘くさい安全性のデータとは、まったく違った本当の
安全を保証してくれていた。なにより楽しかった。

昔の機械式のカメラのように、制御に電気が必要でない車で
あれば、メーカがなくなろうと乗りつづけていたいと思う。
が、今の時代、アメ車といえども、制御のかなめは
コンピュータであり、電機部品の塊であるからには、
そうもゆくまい。

我が家の場合は、家族そろって、車は趣味である。
車とは、なにか。それは乗るだけで楽しいものである。
乗っても楽しくないものは、自動車と呼びわけている。
自動車は、いらない。
と言うわけで、たんなる移動手段のハイブリッド車は
パスである。

悲しいかな、今の国産、独逸車は自動車しかない。
数年後には、数少くなった車と呼べそうなものも、
燃費だ、環境性能だとかの名目で買えなくなりそうである。

家族会議の結果、老後の蓄えを諦めて、今まで
背伸びをしても買えそうになかった車に買い換えることに
した。どうせ、年金もない時代になっているだろう。
働けなくなった時は、貯金がつきた時点で人生の終わりに
なるのなら、それが2~3年短くなるだけのことである。

バカな家族だと思う。だけど、それでいいと思う。

ただ悲しいのは、カメラに例えるとライカ、ハッセル、ローライ
と同様にその会社が輝いていた時代の製品に比べると
今、手に入るものは、はるかに質と気位が落ちていることである。
ギターに例えるとマーチンの昔と今を比べても同じである。
結局、すべての工業製品はコスト低減のもと、堕落してしまった。
それでも、国産や独逸車に比べるとまだ転がす楽しみが
あることは、確認できたので、決めてきてしまった。

深い意味も考えずに環境と言う言葉に踊らされている人から
みると白い目で見られることだろう。
だけど、乗る距離から考えると絶対量としては、環境対策を
うたっている車で多くの距離を走る人と比べれば、我が家の
ほうが、環境への負荷は小さい筈である。
まぁ、本当は今の車を乗りつづけるのが、新しい車を作らなく
済む点で一番の環境対策だとは思うけれど・・・。

そう、これは世間的には非環境宣言だけれど、
実は、電池まで必要とする車に比べると在来車を
最小限乗るほうが、環境には優しい思う宣言でもある。

ちまたでは、ハイブリッド車が未曾有のブームである。
環境に優しい、エコカーであるという。
が、rakkoはそうは思わない。製造過程でのCO2の使用量は
間違いなく、ハイブリッド車のほうが増えているであろう。
電池の廃棄とか考えると、そちらの方が恐ろしい・・・。

日本人的には、エコカーのエコは、エコノミーのエコと
勘違いしているのではないかと、TVコマーシャルとかを
見ていて思ってしまう。が、ここにも大きな嘘があると思う。
「ハイブリッド車、電池交換」とかでググッてみると信じられ
ないような、電池交換が不要、タダ同様みたいな話が
でてきたりする。こういう情報操作する会社が一番売れて
いる一番大きなメーカというのは、飽きれたを通り越して、
なんだか悲しい。

隣人がもうひとつの今売れているハイブリッド車の
お店で電池交換について聞いてきた。そこの会社は
最初は、言い渋っていたけど結局は、電池交換の
時期や価格について正直に教えてくれたそうで、
結局ハイブリッド車の購入はやめて、まだ今の車を
乗るとのこと。こちらの会社には、まだ良心が残って
いるみたいで、すこし気分が安らいだ。

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June 30, 2009

月下美人

20090630

駅から帰り道、この時期の楽しみがある。
それは、この月下美人。
この家の方は、大事に育てられ毎年見事な
花をつけるのである。

今晩、こぬか雨の中、とぼとぼと家路について
いるときに、この家がライトアップされていた。
そうか、今年も咲いたのかと思うと足取りも
軽くなった。

家人がそばに寄って見ていってくださいと
いったので、ありがたく近くに寄った。
なんとも言えない甘い香りにつつまれて
ちょっぴり、幸せな気分になった
rakkoなのでした。

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June 24, 2009

月見草

20090624

富士には,月見草がよく似合ふ」
なんて、太宰治の言葉があるけれど、
別に富士山がなくても、理由はないが、
好きな花である。

けっして、美しい花とは思わないけれど、
なんだか、ちょっぴり勇気をくれる気がする。
遊び疲れた子供時代、薄暗くなった
原っぱで、ほのかに輝くように咲いて
いたような気がする。

今朝も雨のなか、駅への道の小さな
原っぱで黄色く輝いていた。
それは、遠い子供時代へ想い出の
扉を開けてくれた気がした。

遠いあの日が写りそうな気がして、
ひさしぶりにカバンの底から
FP1500を取り出してパチリと
1枚撮ってしまったのでした。

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June 07, 2009

全面移行 さようならゲイツ

Ubuntu904

自室にあるパソコン3台がついにWindowsを全廃。

デスクトップの1台は、もともとVINE-linuxを入れて
いましたし、ネットブックは、puppy-linuxのデュアル
ブートにしていました。

残る1台のWin機は、去年まで在宅仕事のCAD用パソ
コンでしたが、今となっては、マルチメディアパソコン
化してしましたので、いつかはWinを撤廃したいと
思っていました。

重い腰が上がったのは、MSの最近の動向。

OSは、すべてXpだけど、オフィスは97で止めて
いました。ある日、エラーがでて、間違えてMSへ
エラー報告を送信。すると新しいバージョンに
買い換えろとのメッセージ。
さすがに頭にきましたね。返信メッセージの
欄に、はっきり書いてあげました。
「好きでMS製品を使っているんじゃない。
仕方ないから使っているだけだ!
文句あっか!!!」

こんな序章があった上で、たまたまオフィス
2007から始まった新しい保存形式を無理
無理、ISO/IEC国際標準規格に通した事実。
委員会で反対されて、それでもなぜか議決では
仮に後から反対意見がでなければという条件付き
で通過。でもすぐに、数ヶ国からの反対の声が
上がったのに、なぜか、その声は無視されて
しまった。

一体、国際規格をなんと思っているの???
思い上がりにもほどがある。
知ってしまったからには、小さくても狼煙を
あげよう。せめて自室からは、Winを絶滅しよう。

さて問題は、linuxがマルチメデイア向きなの?という
ことだったのですが、まったくの杞憂にすぎないことが
分かりました。

で、今回、もとcad用パソコンには、ubuntu 9.04を入れる
ことにしました。昔、苦労しながらVINE2.6を入れたことから
は、数年の間なのに、信じられないくらい簡単にセットアップ
ができました。どれくらい簡単なのかというと、
Windowsをインストールするより、簡単な位(笑)。

ネットから落としたLive CDだけでも、普通に使うのには、
困らないアプリケーションが入っていると思います。
自分の使いたい種類のアプリケーションもメニューから
簡単に追加できますし。このCDからだと、ハードディスク
のパーテンションを切り直さなくても、ハードディスクに
インストールできてしまします。rakkoもその方法にしま
した。ディアルブートだとWinの撤廃じゃないというのは、
横に置いておいて、この方法だと、Win時代にハード
ディスクに堆積しておいた、画像、動画、音楽、文書
などなど、すべてlimuxのファイル管理ソフトから取り出す
ことができます。

Ubuntu 9.04 これは、お進めではないかと思います。
以前VINEを選択したときは、当時日本語に強いということ
で選定したのだけれど、アプリケーションを使う分には、
このUbuntuでも、問題ないと思う。日本語化は、インストール
時に、使用言語を日本語に指定するそれだけだし。

音楽に専科するのであれば、それに特化したubuntu-
stuido 9.04というのもよいかもしれない。ただパーテション
を切り直さずにインストールできるかは、まだ分からない
けれど、こちらも機会があれば試してみたいと思う。
もちろん、こちらもフリーソフトで無料でダウンロードできます。

ネットブックにいれてあるpuppy-linuxもバージョンを4.2に
アップ。オープン・オフィスも探すとVer.3がでているので
こちらに入れ替え。ディスクトップのデザインもよくなって
いる。色々なアプリケーションを追加するには、こちらは
ちょっぴり苦労するところもあるけれど、これはこれで
遊ぶには、楽しいlinuxと思う。

rakkoの始めてのUNIXは、1980年代末のMINIX。これは
ほんとUNIXの勉強用くらいしか使えなかったけれど、
2009年のlinuxは、UNIXの知識がなくても万人に使える。
これは、なんて素敵なことなんだろうと思ってしまう。

コンピュータは、文化だと思う。前進してゆくには、
営利企業の力も必要な時代もあったとは、思う。
だけれど、それと、今のMSのやり方は常軌から
外れていると思う。Sunでさえ、今は過去の資産は
オープンにしてopensolarisを供給している時代
なのだ。

あぁ、それにしても、ハードディスクの底には、まだ
Winが眠っているにしても、なんだか、「すっきり爽快」
な気分になりました。
とりあえず自室の分だけなので、居間のパソコンは
まだXpが一台いるのですけど、これはrakkoは
触らないのでまぁ、いいか。
子供のは、Macだけど、MacはUNIXみたいなもの
だから、こちらもまぁ、いいか(笑)。

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